IKEAのベッドと猫をめぐるインターネットの物語
「なにかね?」#今日の猫
その猫が生まれたのは2012年の秋のことで、細かい日付までは記録されていない。猫はやがてNPOに預けられて多くの猫たちとその日々を過ごした。やや臆病ではあったが、猫好きのする性格で特にささくれもない毎日をおくった。
それから暫くして「ウェブ男」が猫を引き取った。インターネット大好き野郎で編集家業。スマホばっかり見ているので、そんなあだ名がつけられた。「さすがウェブ男さん、メシの画像とかすぐInstagramにあげますね」。彼は後輩の顔を見てニヤッとする。ちょっと嬉しかったのだ。
猫は我が家でものんびりとした日々を送り、お腹が空けばウェブ男が寝ていようとにゃーにゃー鳴いて要求し、満足すれば彼の横で丸くなった。
静かな日々だった。
ウェブ男は猫に何かを与えるのが好きだった。にぼしがあればにぼしを与えてやり、財布に余裕があればお菓子を与えた。そんなわけで猫はすぐに太った。だってしょうがないじゃないか、ほしがってるんだからと彼は思った。
そんな彼がIKEAのベッドに出会うのは時間の問題だった。彼がいつものようにTwitterを眺めていると、それはタイムラインを流れてきた。
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「へーこれいいじゃん、これからの季節に猫も暖まれそうだし」。彼は猫を抱いてほれ、これどうだ?と見せてやった。お前のためにまた新しいおもちゃが増えるんだぞ。
猫はウェブ男が何を言っているのかは分からなかったが、IKEAのベッドが何であるかは理解できた。以前に似たようなものを見たことがあるからだ。
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あーあれか、と猫は思った。寝っ転がれる人形用のベッドでしょ?どうやって見たかはさておき、とにかく猫はそれを以前に見ていた。誰かが見せたのかもしれない。でも、それは少なくともウェブ男に知る由はない。インターネットでは全てのことが起こりうるのだ。
猫は興味なさそうに鼻をすすんと鳴らしてデスクから降りた。いつのまにか喉のゴロゴロは鳴り終わっていたし、しっぽは不機嫌な猿があたりをうろちょろするように所在無く動き回っていた。
猫は「オリジナル」とは何かについて、ぼんやりと考えていた。猫は何かにつけて「オリジナル」について考える指向性のようなものを身につけていた。もともと自分のルーツが曖昧だからかもしれない。それは猫にとって、夏の夜に頭上を飛び交う羽虫のようにつきまとう存在だった。
そのようにして猫が考えていると、少しずつ猫は悲しくなってきた。Twitterの画像をEmbedした記事を作る、誰かがそれに何かを感じてシェアをする、あるいは友人に見せる。「かわいい//////」。健全だ。何も問題ない。でもそこにオリジナリティはない。
何かが悪いというわけではない、でもそこには何かが欠落している気がする。あるいはそれは資本主義のようなものなのかもしれない。今月のPVとシェア数が目標について未達ラインです、残りの半月でカバーを...
「君は色々と考え過ぎだと思うね」とウェブ男が猫を抱き上げた。「何も問題ないなら、どこに問題があるんだろう?」
猫は、いつものないものねだりなのかもしれない、と思った。お菓子があるときはにぼしを欲しがり、にぼしがあるときはお菓子を欲しがる。たとえそうだとしても、やっぱりそれについて考えないとダメなんじゃないのか、やっぱり汗をかかないとダメなんじゃないのかと猫は顔を洗った。比較的、真面目なのだ。
ウェブ男は猫のそんな様子にため息をついて、仕方ないなあとキッチンの戸棚を開けた。ご飯の時間だ。
猫は戸棚を開ける音を聞きつけてウェブ男の足元まで擦り寄ってきた。
そうして猫の頭からすっかりオリジナリティについての思考は消え去る。まるでインターネットのあらゆる話題のように...(アイスバケツチャレンジって誰か覚えてるっけ)。